牧野 信一その3

 皆さん、ちよつと静かな窓の外を御覧なさい、何と麗しく天心に止まつた秋の月は輝いて居るではありませんか。私は今ペンを置いてその通りにしてゐます。月の澄み切つた色、それは何に例へたらいゝでせうか、白金にも見えます、金色にも見えます……いやいや色彩に依つて区別することはあんまり定り切つた見方です、音楽にも例へませうか、すすり泣くヴイオロンの音、果てはうち悦べる水の精などの楽しげなる舞踏にも例へませうか。私は今ペンを置いて無心に月を眺めて居ります、昔の人々も今私達が月を眺めて酔ふてゐるのと同じやうに――この月を、この私達の眼の前に懸つてゐるこの月を……あゝ、それは私達と全く同じ心で讚えたのかと思ふと、今更のことではありませんが、私は不思議に思はれてなりません。百人一首や古今集に歌はれてゐる月も、直ぐそこに見ゆる、その月かしら。秋は室町の朝、やむごとなき人々が琴を弾じ或はしほり戸に凭りて遠く想ひを笛に寄せては、十五夜の宵の宴に興たけて、更けるも知らず歌を吟じたのも、やつぱり直ぐそこに見ゆる、その月の為にかしら。――私ばかりでなく大概の方は、こうしてゐたならばこんな事……もつと/\際限のないことを考へます。

 白いらつぱ草の花が、涌水の傍らに、薄闇に浮んで居り、水の音が静かであつた。咲いてゐるなとわたしはおもつた。トラムペツト・フラワ? いや、あれは凌霄花の意味だつたが、凌霄花もラツパ草も、うちでは昔から何処に移つても咲いてゐるが、誰もあの花が好きと云つたものも聞かぬのに――わたしは意味もなくそんなことをつぶやいた。泉水には水葵が一杯蔓つて、水溜りの在所も見定め難かつた。ラヂオが歌舞伎劇を放送してゐた。わたしは、紙屑のやうな心地であるだけだつた。吾ながら薄ぼんやりとした姿でわたしは、どこからともなく母の家へ戻つた。母も訊ねもせず、わたしも云はうともしなかつたので、まつたくわたしは何処から戻つて来たのか、きのふまでのことも、もう夢のやうであり、何処を何うしてゐたのか自分ながら支離滅裂であつた。――ただ母とわたしは何の変哲もなく、懐しみに富んだわらひを浮べただけだつた。余程わたしは疲れてゐたと見えて、無性に母の家のあかりが甘く、故郷の空気を貪るおもひであつた。母と子の情感を、不思議に沁々と感じた。
「ああ、けふは珍らしく腹が減つた。」
 わたしは水葵をわけて手を洗ひながら、厭に太い声だつた。母はラヂオのスヰツチを切つて、縁側の籐椅子に凭りながら、
「わたしたちは今済んだところなんだよ。ビールなら冷えてゐるけど、何う?」
 と云つた。随分久しく会はなかつたが、挨拶はそれだけだつた。わたしは座敷へあがると同時に、いつか泥酔の挙句唐紙などを蹴破つたり、手あたり次第のものを売り飛したりしたのが、非常に恥しかつたので、おそるおそる見廻したところ綺麗に痕かたもなく片づいてゐるので吻つとした。

 今の家に綾子が育てられる事となつたのは、一昨年の春だつた。それから――はや二年は過ぎた。夏の暑さは海辺の別荘へ、冬の寒さは暖かな山の温泉へ、何不自由なく過ごせる華やかな今の身の上――それに今の母は強いて綾子を欲しいと願つた程なのであつたから、それこそ玉のやうに大切に、吾子のやうに慈しむでゐるのであつた。そのことは綾子にもよく解つてゐた。心では涙の出る程感謝して居た。こんなにも可愛がつて下さる今の母の前で、以前の母を忘れ兼ねる事の出来ないのを、綾子は母に気の毒のやうな気がした。でいつも母の前では努めて快活に――過ぎた事は皆な忘れたやうにして心配を掛けまいとして居た。今の身が幸福であればある程、綾子は前の母を想はずには居られなかつた。こんな時はいつも綾子は窓に凭つて空を眺めながら唱歌を唄つて心を慰めやうとするのであつた。
 いつの間にか雨は止んだ。銀扇が舞姫の手からすべり落ちたかのやうに、雨は忘れられて居た。
「おや、まあ綾ちやんはこんな所に居たのかへ。お母さんは随分探してよ。」母は手に何かの箱を持つて微笑みながら綾子の側へ来た。