if you wanna rock

法隆寺、藥師寺など、上代開化の寶庫、一見せざりしことのいかにも殘念なるに、次の日曜はいとよく晴れたり、俄かに思立ちて、友をも誘ふひまなく、湊町より一人汽車に飛乘る。法隆寺停車場にて下る、此より寺までは七八町もあるべし、五重の塔、岡巒にかたよりて、明かに指さる。法輪寺にも古き佛像ありと聞きて、先づ之より見んと、法隆寺境内を横ぎりて三四町にて達す。さすがに法隆寺までは、浪華あたりよりも、參詣もし、見物もせんと來る人ありと見えて、停車場にて同じく下りし男女十數人ありけれど、物好にこゝまでは來る者少ければ、車夫は寺僧に近付の人かと訝かり問ひ、寺僧は美術學校關係の人にやと疑なき面色にて問へり。十一面觀音は二丈餘りの木像、天平の古物にて、慈悲圓滿の相好、尊とく拜まれたり、金堂なる藥師佛の像は推古時代の作なるべしとぞ、天平頃のものと見ゆる小形の佛像は數多あり。寺は推古の御世、山背王等の建立にかゝる、荒れに荒れて、住僧など誠に口惜しき人物なり、かゝる例は此わたりの古寺に珍らしからざるべし。

 享保七年四月二日の事である。客が三人、松葉屋へ登(あが)った。前々からの馴染とみえて、
「これは、御珍らしい」
 と御主婦(おかみ)が云った。
「又、四五日御邪魔するで」
 と、上方(かみがた)の人らしいが二三日流連(いつづけ)をしていて、
「もう流連(いつづけ)も飽いたな」
 大抵、流連(いつづけ)というものは二三日もすると飽き飽きする。いくら惚れた妓(おんな)とでも、妓と茶屋とは又別である。
「どや、江の島から鎌倉へでも廻ろうか」
「ええな」
 亭主を呼んで、
「金をあずけとくわ、たんとも無いけど」
 と、出した胴巻、中々重そうである。一目にみても、小千両あると判るやろ、一寸(ちょっと)持っていても此位と、流連客(いつづけきゃく)ふんぞり返っている。

 十内の弟に弥五郎というのがある。これと三人、落ち行く先は九州佐柄(さがら)を逆に、博多(はかた)へ出て、広島、岡山、大阪と探ねてきた。多少の路銀はあるが、京大阪で判らぬとすれば次は江戸だ、出来るだけの節倹をしていたがだんだん心細くなったから当時江戸で流行(はや)っていた「旦那の練った膏薬(こうやく)」と云う行商人、大声に流しつつ、江戸中心当りを求めたが居ない。宝暦十二年の春、ふとした事から豊後訛(ぶんごなまり)のある浪人が仙台で紙子揉(かみこも)みをしていたが、女房と何か争った末、女房を足蹴にしたのが基で死なしてしまった――今どうしているか、多分そのまま居やしないか、と云う話を聞いた。
 十内雀躍(こおどり)して、清十郎を引ずるように、仙台へ行ってみると、確かにそうらしいが居なくなっている。近所で聞くと、
「器用な性(たち)で、一時手習の師匠もし芝居の手伝いなどしていたが、何んでもそう遠くない所に居るとの話」
 と云う。これに力を得て、
「旦那の練った膏薬」
 と流しつつ、磐城(いわき)相馬郡(そうまごおり)へ入ってきた。

 
 
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